■懐かしの料理
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さつま芋入りおやき かや飴
赤もろこしのまんじゅう 蕎麦まんじゅう
炭焼き きびおこわ
えまし御飯 きはだ(黄檗)の飲料
さつ芋のつるの金平 薩摩芋のねりくり
蜂の子の炒め物 薩摩芋のおざら
小麦まんじゅう おねり
さつま芋くきの胡麻酢和え こんにゃくとずいきの煮物
百合根ときびのおこわ いなごの佃煮
薩摩芋団子 麦おじや
わさび漬け わさびの浸し物
のびるといかの酢味噌和え のびるの松前漬け
薩摩芋のご飯 むかご(零余子)飯
干沢庵 のびるの天ぷら
ずいきとするめ(乾)の煮物 いたどりの塩漬け和え物
焼き芋 大福餅
お茶漬け べっとう
焼きりんご はこべの白味噌酢がけ
沢庵◎


さつま芋入りおやき

「やきもち」、「おやき」は、山梨の山間地では、昭和40年頃までおやつとして頻繁に登場した。甲州もろこしは、秋季家々の軒先に沢山ほされており懐かしい風景を思い出す。乾燥したもろこしは、粉に挽いて上新粉と混ぜ「おやき」を作った。忙しい時は、何も入れない「おやき」で、さつま芋の収穫期を迎えるとさつま芋を切って蒸したおやきが出され冷めると硬いので、火で炙って香ばしくして、食した懐かしい味覚である。

材料(4人分)
・もろこしの粉100g ・上新粉100g ・さつま芋150g ・食塩少々

作り方
1) さつま芋は皮をむき1cm角に切る。
2) ボールにもろこし粉と上新粉を入れ、ぬるま湯を約125cc加えよく捏ねる。
3) 2)に1)を入れ更に捏ね、直径6cmの円形にする。
4) 蒸器をかけ蒸気が上がったら3)を入れ20分蒸す。
5) 4)を皿に盛り熱いうちに供する。

メモ

冷めると硬くなるので、蒸すかフライパンに油を少し敷いてから焼いても香ばしい。
おやきに好みで、砂糖を少々入れてもよい。

かや飴

  山梨県の峡南地方の山林には明治、大正、昭和時代の30年頃まで榧の木が自生していた。秋を迎える頃に台風などの風が吹くとその後には沢山の楕円形をした約2cmの榧の実があたり一面に落ちた。拾ったその実は、外皮の部分を腐らせた後に川で洗い、バケツにかやの実と木灰、ひたひたの水を入れ2日から3日浸してから洗うと中の渋皮が取れやすい。それから何日も天日で乾燥させた。ほうろくに入れゆっくりいって殻を割り、渋皮をとってそのまま食してもよい。かやの実は香ばしくカリッとした触感は、縄文人が好物とした味覚でもある。昭和60年頃まで、かやの実と落花生の入った板状の「かや飴」は経験と熟練とを必要とし、身延山の2月3日(節分会)には店先に並べられた。今では懐かしいまぼろしの味となっている。

材料

かやの実100g(殻と渋皮を除くと90g  ・落花生100g(同様70g)  ・水飴300g  ・砂糖100

作り方
1) かやの実は、ほうろくを用いゆっくりと弱火で2030分かけている。
2) いったかやの実は殻を割って渋皮を除く。(おろし金の粗くない方を用いると渋皮が取れやすい)
3) 落花生もいってから殻を除く。
4) 鍋に水飴、かやの実、落花生、砂糖を入れ弱火で15分加熱する。
5) 15cm角のバットにクッキングシートを敷き4)を流し入れる。(熱いので注意する)
6) 5)が固まったら「かや飴」を取り出し、出刃包丁で切るか、すりこ木などで割る。

メモ
かやの実はイチイ科の常緑針葉高木で山地に自生する。榧の木は、本州の山岳地帯が主産地で碁盤の木である。
実は60%が油で占められ乾性油で、非常に軽く淡黄色の香り高い特徴をもち、他の種実類に比べビタミンEと多価不飽和脂肪酸、食物繊維が多い。
小分けにした「かや飴」はオブラートに包み更にセロハン紙で包装すると贈答用になる。

赤もろこしのまんじゅう

  明治、大正、昭和時代から山間地では赤もろこしを栽培していた。秋の11月上旬に赤もろこしを収穫する。あずき色の穂がたわわに実り形態はあわやきびに似ている。いのししの好物なので、穂が垂れるのをみて収穫する。たけはあわより背が高く、もろこしよりもちょっと低い。栄養成分もあわに似ている。蛋白質は全蛋白中のプロラミンとグルテリンが多くプロラミンのためリジンが制限アミノ酸となる。赤もろこしは精製して、もち米と一緒に餅につく場合と粉に碾いて上新粉と混ぜて「赤もろこしのまんじゅう」や団子、小麦粉と合わせ蒸しパンなどに応用する。

材料
・赤もろこしの粉250g  ・上新粉250  ・餡(砂糖入り)250 

作り方
1) ボールに赤もろこしの粉と上新粉を合わせ熱湯、約400ccをゆっくり入れよくこねる。
2)

こねた1)を40gずつとり餡を入れとじる。

3)

蒸気の立っている蒸器にさらしの布巾を敷き2)を入れ15分間強火で蒸す。

4)

「赤もろこしのまんじゅう」は熱い内にすすめる。

メモ
赤もろこしは高粱・蜀黍と書きアフリカ原産と中国原産の説がある。
高粱は北方地方の栽培が品質良好といわれている。涼しく、日照時間が長く、昼夜の温度差が大きい程、品質優良の収穫となる。
中国では「こうりゃん」と呼び、酒の原料として利用され白酒と高粱酒を製造している。長年貯蔵した茅台(マオタイ)酒はとても有名である。

「赤もろこしのまんじゅう」は冷めると硬いので、蒸すかフライパンで焼く。

蕎麦まんじゅう

 水田地帯の少ない山梨では、粉ものを利用し「まんじゅう」を作った。代表はもろこしの粉から「やくもち」さらにさつま芋の粉、あわやきびの粉、小麦粉や上新粉に至る穀類を粉にひいて「まんじゅう」を作った。中でも春蕎麦と秋蕎麦を粉にひいて「蕎麦まんじゅう」を作った。色は悪いが胃にあまりもたれずかるいので高齢者に好まれている。

材料
・蕎麦粉 100g ・小麦粉 100g ・小豆餡(砂糖入り) 100g ・ベーキングパウダー 6g

作り方
1) ボールに蕎麦粉、ベーキングパウダーと小麦粉を合わせぬるま湯を約100cc加えよく捏ねる。
2) 1)を約40gとり円形にし中央にあんを入れ丸形に整えとじる。
3) 蒸気の立っている蒸し器にぬれ布巾を敷きまんじゅうを並べ強火で15分蒸す。
4) 3)を皿にのせ熱いうちにすすめる。

メモ
粉に対して3%のベーキングパウダーを用いるとふっくら仕上がる。
冷めると硬いので、フライパンに油を敷いて焼いてもよい。
蕎麦粉は「蕎麦がき」にもした。茶碗に蕎麦粉を入れ熱湯を注ぎ手早く混ぜ鰹節と醤油を少し入れて食べる。好みで長葱をほんの少し刻んで加えてもよい。

炭焼き(めんぱの弁当)

 山梨県下の山間地では明治、大正、昭和50年頃まで盛んに「炭焼き」が行われていた。「炭焼き」が最も盛んだった昭和30年頃、炭がまには炭俵にして約40俵分の薪が入り火入れから3日目で火を止める。更に3日間置いてやっと炭がまから炭を出す。その日の朝は、「良い炭がでますように」と神棚や仏壇にお祈りをした。一般的に男衆は木を切る薪作り、女衆は秋季に茅刈りし「にょう」(茅を縦に束ね)に作っておいて、冬季軽くなったら一輪が約8kgとなり「しょいこ」(荷物を背中に背負う器具)で家に運ぶ。当時、「三輪、四輪背負った。」と自慢の話題になったそうである。縄をなって、俵作りと作業分担がされ、仕上げの炭俵作りは共同で行っていたようである。

「炭焼き」の力仕事の日は、昼食にはめんぱ(弁当箱)に麦ご飯を詰め焼魚、煮物、佃煮、漬け物、醤油豆、必ず梅干しが中央に入っている。おやつは「やきもち」と「蒸しさつま芋」が多かったようである。「炭焼き」が最も盛んな昭和30年頃の一俵4.5貫目(17.1kg)の炭俵は150から200円となり、そのお金で盆や正月の準備をしたそうである。なんとも懐かしい話を村の長老に聞いた。

科学技術の進歩発展と共に熱源の発達により薪・炭・石炭・石油・電気化と進展し、今回の「炭焼き」は忘れられ消え去ろうとしつつある山村生活の一端を紹介した。

きびおこわ

 きびは、あわと同様にユーラシア大陸全域で有史以前から栽培されてきた穀物で、日本へはあわの後に中国から朝鮮半島を経て伝わったとされている。
 日本では、きびを暮れに正月用として、角餅を作る場合に用いるのが一般的。秋の収穫が終わる頃に「きびおこわ」をふかし、神棚や仏壇に感謝の願いを込めて、お供えし家族で供する。

材料
・もち米 5カップ ・きび 160 ・胡麻塩 50g

作り方
1) もち米は一昼夜浸す。
2) きびは目の細かいざるでとぎ、ごみや砂を除き浸漬する。
3) 1)と2)を混ぜる。
4) 蒸し器に敷きのうを入れ3)を加え強火で 50分蒸す。途中でさし水を一回する。
5) 4)を茶碗に盛り好みで胡麻塩をふる。

メモ
きびの原産地は、アジア中央部から東部地域にかけての温帯地域で五穀の一つとされ、もち種とうるち種がある。
栄養価は、米や麦に劣らず消化も良い。
きびは、きび団子、きび餅としても有名である。

えまし御飯

  「えまし御飯」は明治、大正、昭和時代の30年頃まで、山梨県内どこでも食していたようである。水田地帯が少ないここ山梨では、そういった食に頼らざるを得なかった。大麦や小麦また、とうもろこしや芋類で主食をとらなければならなかったのである。そのままでも時には、季節の食材を中に入れ増強して作っていた。現在では幻の食である。

材料

・粗づきの麦240 ・精白米80

作り方
1) あらづきの麦と精白米を洗ってざるにとる。
2) 1)を普通に炊く。

メモ
この中に季節の食材(芋や野菜類)を入れ「おじや」にしても摂っていた。
「えまし御飯」はじねんじょをすって熱いうちに食すと一番美味しい。


きはだ(黄檗)の飲料

 「きはだ」と言えば誰もがきはだ鮪を思い出す。しかしここでは、昔から胃腸に良く効くと言われた「きはだ」(黄檗)を紹介する。
 この「きはだ」は、中国や広くアジアに分布しミカン科キハダ属の落葉高木で山地に生え高さ10~25mの樹皮は厚いコルク層で内皮は鮮やかな黄色を呈している。
 5月頃に小さな黄色の花を咲かせ約1cmの球状の果実が黒くなって冬に落下する。きはだは、奈良時代から和紙や織物の染料として防虫効果もあり使われていたようである。
 昭和50年頃まで胃腸の薬として湯で煎じ飲んでいた。とても苦く「良薬口に苦し」とは、この「きはだの飲料」を示した言葉として受け入れられていたように思える。


さつま芋のつるの金平

 秋季の甲州での風物詩中の一つ。10月から11月下旬の北風が吹き霜が降る頃になるとさつま芋堀をする。昭和20年から40年頃、さつま芋は山梨県下いたるところの畑作で「農林1号」、「農林2号」、「護国」などの種類があり、面積が広く栽培されていた。さつま芋は蒸して、主食、副食、おやつとして頻繁に登場したのである。収穫が高く、そのままでは、保存が利かないので生活の智恵として、輪切りにし、蒸し天日でよく乾燥させ「きっぽし」としておやつに登場、生を輪切りにし軒先に吊るし乾燥させ粉にして「まんじゅう」などとして摂取した。約10℃になると黒変し保存がきかないので、秋から冬と春先まで、あったかい「地下の芋穴」で保存された。
収穫の日は、決まって夕膳に「さつま芋のつるの金平」が登場した。昔、懐かしい味である。

材料
・さつま芋のつる200g ・胡麻油大さじ1 ・出し汁2カップ・砂糖大さじ1

作り方
1) さつま芋のつるは4cmに揃えて切る。
2) 鍋にたっぷりの湯を用意し1)を茹で柔らかくしあくを抜く。
3) 鍋に油を入れ2)を炒め、出し汁を加え砂糖を入れ、煮汁が殆どなくなるまで弱火で煮る。
4) 3)を器に盛る。

メモ
さつま芋のつるがたくさんある時は、煮たら小分けにし冷凍で保存すると良い。
最後に唐辛子を好みで加えるとピリッと辛くて美味しい。
日持ちしたい場合は、調味料をきかす。

薩摩芋のおざら

薩摩芋は台風や干ばつなどの気象変化に強く救荒食品として主食にも用いられ他の食材に比較し安定した収穫であった。山梨の山間地では昭和20年、30年代沢山の薩摩芋を栽培し収穫した。昭和初期の食糧難の時代には、薩摩芋は「芋粉」として主食の「芋のやきもち」、「まんじゅう」などに加工され消費されたが食糧事情の安定化と共に減少し、時代の趨勢でしかたはないが現在はそれらは幻の味となっている。南巨摩郡身延町下山では「栗(九里)より(四里)うまい十三里」と言い9月の十五夜の頃に薩摩芋掘りをし早速ふかしておざらに練り込んで「薩摩芋のおざら」を作った。黄色の麺はツルンとした喉ごしでさっぱりとしている。

材料

・薩摩芋 350g ・長芋 150g ・小麦粉 250g ・ぬるま湯 50cc ・食塩 小さじ1/2 ・麺つゆ 適量  ・薬味は季節のみょうがやわけぎ

作り方
1) 薩摩芋は洗い3cmの輪切りにして蒸し器で蒸し、熱い内に皮を剥きごんばちに入れすりこ木でよくつぶす。
2) 長芋は皮を剥き卸し金でする。
3) 1)の中に2)と小麦粉、ぬるま湯、食塩を入れよくこねる。ぬれ布巾をかけ30分ねかせる。
4) 3)をのし棒を使い広げ打ち粉をふりのし広げる。
5) 4)を重ね麺状に3mm幅に切る。
6) たっぷりの沸騰湯に5)を入れ一度さし水をして冷水に取りザルにあげる。
7) 「薩摩のおざら」と器に麺つゆを盛り、季節の薬味を用意する。

メモ

薩摩芋は江戸時代から盛んに品種改良が行われ種類が多い。

「薩摩芋のおざら」が残ったら煮込んでもよい。
薩摩芋入りの生麺は、「ほうとう」としても作っている。
麺はちぎれやすいので、特に扱いに注意する。
食物繊維の多い一品といえる。

蜂の子の炒め物

 

初夏になると身延町の山間地では、屋根の軒や石垣、草むらに一斉に巣を作る。特にクロスズメバチ、オオスズメバチ、ミツバチ、アシナガバチの4種類が知られている。蜂は人間の生活に身近で有益な存在である。ミツバチは蜂蜜を集め「蜂蜜」として、他の蜂も「蜂の子」で食用とした。「蜂が家の中に巣を作るとその家は栄える」と言い伝えられている。まして「クロスズメバチ」なら喜びも大きい。ここでは、通称「クマン蜂」と呼ばれているクロスズメバチの巣と幼虫をご覧頂きたい。「蜂の子」は昔から貴重なたんぱく源として、珍重された素材の味である。写真の巣は6層から成り重量は300gで正味は250gとぎっしりと詰まっていた。蜂が約2ヶ月程で役目を終え去った後は、気をつけながら取り外して家の守り神として、玄関に飾っておく家もある。昭和20年〜45年頃までの話として、「ヘボ蜂」は地中に巣を作るのでおとりを使って巣を探し、小麦わらで入り口を燃やし巣を壊して「蜂の子」をとる。当時、蜂の子採りは、男衆の2〜3人が組みとなって賑った。今でも北巨摩地区では続いている。娯楽のようにも思え懐かし「郷土の味」を秘めている。クロスズメバチは赤池萬志氏の提供を頂いた。

材料

・蜂の子 250g ・胡麻油大さじ1 ・食塩少々

作り方
1) 巣から竹串2本を用い幼虫を取り出す。
2) フライパンに油を敷き熱し幼虫を入れ、弱火でじっくり煎る。
3) 2)に塩少々をふって仕上がり。保存の場合は厚手のナイロン袋で冷凍保存する。

メモ
沢山の場合は、煎ってから蜂蜜で絡めても美味しい。
たんぱく質の他、糖類、鉄、ビタミン ABなど栄養価の高い食品である。
「蜂の子」の種類により餌が違うので、栄養成分が異なる。

薩摩芋のねりくり

山梨の山間地では、大正、昭和時代の40年頃まで、薩摩芋は開墾しいたる畑で栽培していた。薩摩芋は、貴重の食糧源で主食やおやつに人々の胃袋を満たした。その一つ「薩摩芋のねりくり」を紹介する。「ねり餅」とも呼ばれていた。右側の写真はラップに包んで食べやすくした。

材料
・薩摩芋1 kg  ・蕎麦粉100g  ・食塩少量

作り方
1) 薩摩芋は良く洗い 4cmに切る。
2) 鍋に薩摩芋と同量の水を入れ茹でる。
3) 2)が柔らかくなったら芋は皮をむき除く。
4) 3)は、柔らかい内にすりこ木で丁寧につぶす。
5) 3)の鍋の液体を沸かし4)と蕎麦粉を入れ良く練る。
6) 5)に塩味をつけ出来上がったら、皿に盛り熱い内にすすめる。

メモ
砂糖が尊かったので、「薩摩芋のおねり」は甘く美味しい料理の一つであった。
南瓜でも同様にできる。


小麦まんじゅう(お八朔の泣きまんじゅう)

八朔 は「昼寝の終日、夜なべの初日」と呼ばれ夜長で、労働の厳しい時期へ入るための覚悟の日とされた。

北巨摩、西八代、南巨摩郡の農村地帯では、旧8月1日、現在の9月1日には「お八朔の泣きまんじゅう」を作った。皮は小麦粉が多いが上新粉も一部あり、中に小豆餡を入れまん丸くし蒸して摂っていた。その時期から「夜なべ」が始まる節目の行事食で、地域によって「嫁さん泣かせのまんじゅう」とも呼び、生業に関連したものである。それは、昔の人の知恵から生まれ精神文化をかきたたせたものの一つで、伝統的行事の食でもある。

明治、大正、昭和初期の夜なべの仕事は、藁草履(わらぞうり)、炭俵作り、縄綯い、縫い物で昭和45年頃までは11月に渋柿の柿むき(干し柿)、縫い物などをし「良く働いたもんだ」と懐かしい話を長老がしてくれた。その年に収穫した小麦を粉に碾き作るのが一般的で時としては、もろこし粉でも「お八朔の泣きまんじゅう」が出現し、包む外皮は竹の皮、かしわの葉など地域や家庭によって異なっていた。まず、「お八朔の泣きまんじゅう」は、温かい内に神棚や仏壇にお供えしてから家族で食べた。懐かしい話しを身延町栃代の赤池静代氏にお伺いした。幻の「お八朔の泣きまんじゅう」は殆どの地域や家庭で忘れられてしまっ
た。


おねり

 おねりはさつま芋、南瓜、じゃが芋の皮を剥いて、たっぷりの湯で柔らかくなるまでゆっくり煮る。具が柔らかくなった頃を見計らって、甲州もろこしの粉、そば粉、上新粉、小麦粉、赤もろこし粉のいずれかをを振り入れぽってりとなるまで、ゆっくりと木べらで良く練る。 最後に好みの砂糖を入れるが、昭和20年、30年代は砂糖が貴重であったので、そのままの味を楽しんだ。砂糖を入れたくても家にはなく、代わりに味噌か醤油を上にかけた。
 現在は、好みやおから味として柚子、すり胡麻、焼き海苔をかけている。山梨県下の至るところで、40年代まで作られていたようであるが、現在ではほとんど作られていないのが現状で懐かしい料理の一品である。この写真は「さつま芋のおねり」である。


さつま芋くきの胡麻酢和え

材料
・さつま芋のくき300g・白胡麻30g・味醂大さじ1と1/2・醤油大さじ2

作り方
1) 葉のついているさつま芋のくき、芯の太い部分は除く。芯から出ているくきを用い葉は捨てる。
2) 鍋にたっぷりの水を沸騰させ食塩大さじ1/2を入れ、1)をさっと茹でざるに上げる。水にしばらく晒す。
3) 2)を冷まし手に取り、硬い部分は皮をむき長さ3cm位にちぎる。
4) フライパンに白胡麻を入れ、いってからすり鉢で良くすり、調味料と合わせる。
5) 3)と4)を和え器に盛る。

メモ
さつま芋は、塊根を料理するのが普通であるが収穫時にくきの料理を是非、お勧めしたい。少々甘いので砂糖を控え炒め物、煮物、佃煮にしてみよう。
さつま芋のくきが沢山ある時は、茹でて冷蔵庫保存しておくと良い。


こんにゃくとずいきの煮物

材料
・こんにゃく200g・ずいき30g・鶏肉100g・酒大さじ1・生姜20g・醤油大さじ3・花鰹5g・味醂大さじ2

作り方
1) 板こんにゃくは、切ってたっぷり水を入れた鍋で茹で、灰を取る。
2) ずいきは水に浸し戻てから長さ3cmに切り茹でる。
3) 鶏肉は小さく切って酒をふり、臭みを取る。
4) 生姜は細い線切りにする。
5) 鍋に1)、2)、3)と花鰹を入れ、材料がかぶる位の湯を入れ煮、煮汁が半分になったら調味料と生姜を加える。
6) 5)を熱いうちに器に盛る。

メモ
こんにゃくもずいきも灰が強いので、別々に茹で灰を取る。
食物繊維が豊富の一品である。


百合根ときびのおこわ

 早川町では秋季、行事や祭り、収穫祭などで「百合根のきびおこわ」を料理する。百合根は、いのししの大好物なので今は貴重な存在となっている。百合根は芋に似たほくほくとした食感とほろ苦さが特徴的である。

材料
もち米3カップ  ・きび100g  ・百合根200g  ・胡麻塩(白胡麻大さじ1・ 食塩小さじ1)

作り方
1) もち米ときびは一晩水に漬けておく
2) 百合根の根元に包丁を当て、気を付けながらはずして洗う。
3) 蒸し器にしきのうを敷き1)、2)を混ぜて蒸気が立ったら入れ50分蒸す。
4) 3)は器に盛り胡麻塩をふり熱い内にすすめる。

メモ
百合根の種類は、オニユリ、コオニユリ、ヤマユリなどがあり球根を利用する。
百合根は、日本原産で保存性が高い。
日本での栽培は17世紀に入ってからで現在は殆どを北海道において生産している。
調理性の特徴は、粘質物のグリコマンナンで煮くずれやすいので火加減に注意を要する。
百合根の調理は、茶碗蒸し、きんとん、茶巾しぼりなどがある。


いなごの佃煮

「今は亡き市川大門町の母(杉本はつじ)に教えてもらった」と身延町宮之平の依田喜代美氏にお伺いした。いなごは、稲科の葉や茎を餌にする害虫で、昔から貴重なたんぱく質源として料理加工し摂られていた。いなごは、秋風の吹く9月中旬から下旬に稲刈りの始まる前の水田に長靴をはきタオルをかぶって大きな袋(網目の袋)を持ち採りにいく。家に帰ったらさらしの袋に移し絞って一晩おく。(腐敗物を出す)
 翌日、沸騰湯の中に生きているいなごを入れて約1分間茹でザルに取る。(発色した奇麗な色彩に変化する)次に、いなごの羽根と足を除き鍋に入れいる。遠火の練炭で、何回も火を通して繰り返し煮漬け水分を飛ばして保存をはかる。醤油、味醂、砂糖で味付けをめぶんきで行なう。佃煮に煮上がったら保存はタッパに小分けして冷凍保存をする。(6ヶ月位保存がきく)口に入れて噛むとカッリ、カッリと音がする。
 遠い昔の伝統食の一品と尊い料理を聞いた。「いなごの佃煮」は、多くの経験と熟練、惜しまない手間とを兼ね合わせた秘伝の調理技術でもある。


薩摩芋団子

 「昭和初期の戦争中は、食糧難で甘いものがなく薩摩芋は貴重な食品だった」と身延町上岩欠の磯野とみこ氏が話してくれた。当時、薩摩芋までもが供出されたのである。秋から冬場にかけ「薩摩芋団子」は、熱いうちに食べるのが美味しく本当に懐かしい限りであった。身延町清沢から甲府の和裁教室に身延線を利用し片道2時間の道程を通った。その頃、一番の思い出のおやつは「薩摩芋団子」だったと貴重な話をして頂
いた。


材料
薩摩芋1s ・うずら煮豆(甘煮)100g ・砂糖50g ・蕎麦粉100g ・食塩小さじ1

作り方
1) 薩摩芋は3cmの輪切りにして20分間蒸し、皮を除く。
2) ボールに1)を入れ熱い内にすりこ木でつぶす。
3) 2)に蕎麦粉と熱湯100cc、砂糖、食塩を入れよく練る。
4) 3)にうずら煮豆を入れて混ぜる。
5) 厚手鍋に4)を入れ弱火で焦がさないよう木べらで混ぜゆっくりと火を通す。
6) 5)は熱い内に両手にぬるま湯を付け直径5cm位の饅頭型に整える。(そのまま器に盛ってもよい)
7) 好みで6)はフライパンで焦げ目を付けると美味である。皿に盛り熱い内にすすめる。

メモ

昔は「薩摩芋団子」は、ひじろで厚手鍋を用い時間をかけゆっくりと焦げないように注意し時々混ぜて加熱したようである。

つなぎには蕎麦粉を用いているが上新粉、小麦粉、もろこし粉などでも出来る。


麦おじや

麦おじやは、江戸時代から昭和20年代頃までの懐かしい主食の食べ物である。当時の山梨の山間地における日常食で大麦は家で雑穀し、村にある精米所に持っていき、丸麦についてもらった。さつま芋は甘味も少なく、それでもさつま芋が加わると美味しかったし変化をつけるために他の材料を沢山加えたようである。
食糧難の時代であり膳には「麦おじや」と漬け物くらいだけで他に副菜はなかった。ほうとうの代わりとして、主食ともなり家庭で作られた。高齢者にとっては、丸麦の食感が今となっては忘れられない懐かしい味となっている。

材料
丸麦1合 ・里芋1個 ・人参小1/2本 ・大根100g ・馬鈴薯1個 ・小豆50g ・油揚げ1枚 ・ずいき(乾)10g ・さつま芋150g ・煮干しの出し汁5カップ ・味噌80g

作り方
1) 丸麦を良くとぎザルに入れ水を切る。ポットに丸麦を入れて沸騰湯をたっぷり加え一晩つけておく。ずいきは洗い、湯につけてもどし1cmに切る。小豆も湯に浸して柔らかく煮る。
2) 里芋は皮をむき銀杏切り、人参は半月切り、大根、さつま芋、馬鈴薯は銀杏切り、油揚げは油ぬきし線切りにする。
3) 煮干しの出し汁5カップを取る。
4) 鍋に出し汁5カップを入れ根菜類と丸麦、小豆を加え具が柔らかくなったら味噌で味をつけ味を整え火を止める。
5) 器によそり、熱い内にすすめる。

メモ
家庭にある材料で作れる。
季節に応じ夏はじゃが芋、南瓜、茄子など冬場は根菜類や茸類と変化する。
大麦はビタミンBやミネラルが補給でき、腸の運動を活発にして便秘を予防する。
大麦は、世界最古の作物として、穂の形状により分けられ、六条大麦は西アジア、二条大麦は西南アジアが原産。
わが国には、まず六条大麦が朝鮮半島を経て2〜3世紀頃渡来した。
六条種は麦味噌、麦茶など、二条種はビール原料に加工されている。
大麦を精白し加熱後、ローラーで平らに圧した「押し麦」は、消化を助けるために考案された。


わさび漬け

わさびは、初夏に穂先にかれんな真白い花を咲かせる。わが国原産の半陰性の多年生草本で、北海道から九州までの湧き水の清流など山地渓流に自生する。わさびの葉や茎の柔らかい3月下旬から4月上旬に「わさび漬」を作ると良い。今は亡き身延町栃代の赤池けさ氏に貴重な「わさび漬」を教えてもらったので紹介する。わさびは、この地に大正時代頃から伊豆より伝播したと話していた。大正、昭和50年頃までほそぼそと自家用に栽培されたが現在は殆どない。

材料

・わさび100g(葉・茎を含む) ・酒粕300g ・味醂50cc ・酒30cc ・食塩大さじ2/3 ・砂糖小さじ1

作り方
1) わさびはきれいに洗って、根は卸し金ですりおろす。
2) 葉と茎は、みじん切りにして食塩小さじ1としっかり混ぜる。
3) 酒粕は、すり鉢に入れすりこ木でよくすり調味料を加える。
4) 3)の中に1)を入れ、更によくすり練り合わせる。
5) 加熱殺菌したビンに入れ密閉し冷蔵庫で保存する。

メモ
わさびは、水温5〜18℃の範囲で生育し根茎を収穫する。春先は茎がやわらかいので、和え物にできる。
わさびの辛味は、鼻につうんとくるアリルイソチオシアネートなどの揮発生で分解が早く消失も早い。
わが国では10世紀から記録に残されている。


わさびの浸し物


材料
・わさび(茎と葉)200g ・出し汁50cc ・味醂大さじ1 ・醤油大さじ1 ・花かつお3g

作り方
1)

わさびはきれいに洗う。

2) 沸騰湯に塩小さじ1を入れ、1)はさっと茹でる。
3) 2)は2cmに切る。
4) ボールに3)と調味料を入れ、器に盛って上に花かつおを飾る。


のびるといかの酢味噌和え

4月中旬、野山や原野に野草の「のびる」(野蒜)が出てくる。「ねんぶるは、戦後の食糧難の時代は食用にした」と南アルプス市芦安の森本つね子氏にお聞きした。「ねんぶるは酢味噌和えが一番」と「ねびる」など土地によって幾つかの呼称がある。葱の仲間なので、茎は長く葱と同じような臭いと緑色が濃く緑黄色野菜に数えられている。そう言えば畑で栽培しているらっきょうやにんにくと長い葉が似ているので、良く観察しないと見分けがしにくい。地下部の白くて丸い鱗茎も、一緒にさっと茹で食すと歯ごたえがシャキッとしている。のびるは、花が咲き終わると紫のむかごをつけ、これが地上に落ち栄養増殖する。
のびるの歴史は古く『万葉集』、『古事記』に載っていて、当代より食用にされていた。
右の写真は手前に「らっきょう」、奥が「のびる」である。

材料
のびる200g ・生いか100g ・赤味噌大さじ2 ・味醂大さじ1 ・酢大さじ1 ・花かつお3g ・出し汁50cc

作り方
1) のびるは、ゴミをとり良く洗う。
2) 鍋に湯を沸かし食塩小さじ1を入れ1)をさっと茹でる。水であくをぬく。
3) いかは線切し沸騰湯中で茹でる。
4) 2)は、固く絞り3cmに切る。
5) ボールに3)と4)を入れ調味料と和える。

メモ

のびるは、ユリ科ネギ属多年生草本のわが国全土に自生しすべて食用になる。

のびるの特有の臭気は硫化アリルと呼び葱類に共通であり、ビタミンBの吸収をよくする。
のびるはさっと茹でサラダや天ぷらなどの調理にする。


のびるの松前漬け

材料
のびる200g ・人参100g ・塩昆布100g ・わさび(茎と葉)100g ・するめ80g ・醤油大さじ3 ・味醂大さじ2

作り方
1) のびるは、ごみを取りきれいに洗い3cmに切る。
2) 人参は細い線切り、わさびの葉は線切り茎は3cmに切る。するめは軽く焼いて、手で細く裂く。
3) ボ―ルの中に材料を全部入れて和える。
4) 3)に重石をのせ3日間位、保存する。漬け物器を利用しても良い
(気温が高いようなら冷蔵庫内で漬ける)

メモ
松前漬けは、塩昆布を多くすると塩味が強く保存食となる。
好みで、にんにくやキムチの素を入れてもよい。

薩摩芋のご飯

薩摩芋は救荒食品として昔から平地は勿論、山の斜面の至る場所までも栽培され主食、おやつとして摂取していた。昭和50年頃までの話として、「薩摩芋は貯蔵が難点なので11月なると薄切りし軒下に吊るし乾燥させ粉に挽いて饅頭を作ったりもした」と言われている。薩摩芋には多くの品種があり、光沢、形状、食味、収穫量、成分含量、栽培法などの異なりが見られる。大正時代から薩摩芋は品種改良を行い以来、優良品種が多く生まれ食用、食品加工、でんぷん・アルコール、飼料用などの用途に分けられる。
  成分特性は炭水化物が主成分、エネルギーは米の約3分の1と低く満腹感が得られる割には低エネルギーで食物繊維、ビタミンCが多い。便秘防止、大腸がん予防に優れた食品として再評価されている。
「薩摩芋ご飯」は高齢者の方々には、懐かしく思い出される料理であり貴重なお話を身延町常葉の渡辺かま子氏にお聞きした。

材料

薩摩芋 250g  ・精白米 200g  ・押し麦 20g  ・酒 大さじ1 ・食塩  小さじ1  ・味醂 小さじ1

作り方
1) 薩摩芋は皮をむき1p角に切りザルに入れてさっと水をかける。
2)

炊飯器に洗った精白米、押し麦を入れ1)と調味料を加え水量を調節して普通に炊く。

3) 2)炊き上がったら器に盛る。好みで胡麻塩をふる。


むかご(零余子)

山芋(じねんじょ)葉の付け根にできる小指の頭ほどの球芽で、その小さな一粒一粒に山芋の香りとコクが凝縮されている。食べ方の一つである「むかご飯」は、秋の味覚で懐かしさがいっぱいに込められほくほくして美味しいので、この時期に味わいたい一品である。

旬は関東では11月頃と晩秋であり、貯蔵期間は約一ヶ月と短い。その後はむかご中の水分が減って皮にシワが寄ってくるので見分けがつく。むかごは全国の山野に自生しており、自分で採る場合には山芋の葉(細長いハート型)を目印にすると良い。山芋は茎から葉が出る時に必ず左右ペアになって同じ位置からでるのも特徴である。


干沢庵

 山梨の山間地の大根は肉質が硬くしまりのあるものが収穫される。以前干し大根、茹で干大根を紹介したが、今回は「干沢庵」を取りあげた。沢庵は温かくなると酸味を増し味が変わるので、木枯らしの吹く暮れに漬けた沢庵をこの写真のように風通しのよい軒先に約2ヶ月つるすと風によって乾燥する。寒風によって厚
さ1cmまでに乾燥すると1年間は保存が利く。干沢庵は、好みで塩昆布や七味唐辛子、小魚などを入れ調味して保存食とする。


のびるの天ぷら

 野草の「のびる」は葱の仲間なので香りが良く和え物、即席漬けや天ぷらにする。「野のひる(葱やにんにくの古語)」で古事記や万葉集に著され8世紀にはすでに登場している。地下部の丸い鱗茎と切った葉は一緒に加え天ぷらにするとシャキッとした歯ごたえと春の風味を感じさせてくれる一品となるであろう。春先採取した、のびる特有のアリイン臭気が室全体に発する。のびるは、血栓防止効果、脳梗塞や心筋梗塞の予防も期待されている。


ずいきとするめ()の煮物

 するめいかは日本周辺に分布し漁獲量が最も多い。そのするめは原料いかの種類、産地などで多少製法が異なるが、内臓を除去し素干しした乾物である。するめは風味、味が良いので煮物や和え物に用いられている。ずいきにするめの持味がしみ込み相性がよい。するめの特徴は、旨味成分のタウリンが高い。魚介類中、コレステロールが多いがタウリン比が高いので気にする必要はないようである。

材料

・ずいき40g ・するめ中1枚 ・油揚1枚 ・油大さじ1 ・出し汁2カップ ・赤味噌大さじ2 ・砂糖大さじ1 ・味醂大さじ1

作り方
1) ずいきは戻して約2cmに切り、さっと茹でてあくをとる。
2) するめは適当に切り、水に浸す。
3) 油揚は油ぬきをして線切りにする。
4) 鍋に油を熱し、1)2)3)を炒め、出し汁(するめエキス)を加えふたをして煮る。
5)